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イタリア旅行


1;手をつなぐ新婚
今回は27人、新婚5組、夫婦5組、女二人2組、女三人
新婚組みは当たり前なのか、ずーっと手をつないでいた。
外人でも、腕は組んでいるものの、このように全新婚さんが一律に手を
つなぐパターンはないのではないか。それにしてもこんなことまで、日本では
はやるということであろうか??また、みんなでわたれば怖くないのか?
もっとIDのある表現はないのだろうか?

ふと余計なことを思う。
1;安部前総理の昭江さんとの手つなぎ、あれは結局、無理な手を
  つないでいたんだろうとおもう。なんとなくぎこちない繋ぎであった。
  あれも、今にして思うと安部さんの早期退任の一因とさえ思えるくらい。
  安部さんにプレッシュァーがかかたのでしょう。可愛そうに!!
  とにかく、無理はいけないね。そう思いませんか???

  新婚の手繋ぎは斜に構えてみれば、唯一、手だけが信頼と愛の
  つなぎであるように見える。これで子供ができれば女は本能的に
  子供に全愛情をささげる。手つなぎなどいっていられない。
  そう考えると、2~3年の運命。そうしたときは、男は?女と切れて
  何をする??? 短い運命を全力で維持するのが
  この時代の行き方なのか?蝉みたい!

  一方、私も含めて老夫婦はべたべたしないが、バスではかならず
  奥さんが窓際、それぞれのペースを維持しつつ、思いやりが
  にじんでいたように思うが・・・・・我田引水か。
  手を繋ぎたいとしても恥ずかしくってね!!==>老年意気地なし!!


2;イタリアトイレ事情
  男はさほどでもないが、女子トイレについては、まったく不具合だ。
  とにかく、足りない、汚い(そうだ)。いくつかのトイレで男便所
  から、外人の女が出てくるのを見た。たくましい。

  もっとも、何回か思ったが、外人の女の顔をつくづく見ると髪の形を
  変えれば、ほとんど、男と思える顔つきがある。機会があれば
  そう思って、外人の女の顔をじっくり見てください。
  だからといって、そのままで、男トイレに入るとはちと、行き過ぎでは
  ないか???逆にそのくらいトイレ事情が悪いのだ。

3;スーパー添乗員
  今回、日本旅行のイタリアエレガンスというのに乗った。
  この添乗員がまったく、すごもの、シャベルはしゃべるは、その博学に
  脱帽。ヨーロッパの歴史、文化、芸術を総なめにする知識。キリスト教、
  仏教、イスラム教の説明から、オペラ、などなど、おそれ入谷の鬼子母神だ。
  私が他の旅行会社の人間なら、これを引き抜く気持ちになる。美人ではない。
  若干、おばさん風(35前後、独身)、太目のせいか、11日間、全部スカート。
  これだけ知識を持つのはどのような勉強をしたんだとうか聞きたい。
  20歳代でカナダで留学、その後、中国では語学留学とか。
  また、ロミオとジュリエットの話やら帝王切開とジュリアス・シザーの関連
  ベニスの商人のストーリーなどもしっかり聞かされて、博学になりました。

  さらに、最後のバスの中での挨拶に
  ”さて、最後になりますが、実は、私、今回が由良(添乗員の苗字)として
   添乗させていただく最後になるんです・・・・”
  といい、みなが
  ”そうか!!!いよいよ結婚か??” と驚いたとたんに
  ”という挨拶ができるといいと思いつつ期待して仕事をしています。またどこかで・・・”

  だとさ。指名制があれば絶対だ!!
  
4;おいしいもの
  それなりにいろいろあるかと思いますが、スパゲッテイ、ピザ、カツレツなどでした。
  さすがというか、レストランは日本語のメニューがあるところもあり、ボーイも
  片言の日本語をつかっていました。上記の料理は日本でも日常的に食べており
  違和感がすくない。ただ、ピザ1枚が出てくるとやはりわれわれにはヘビー。
  
  レモンやオリーブの地区ですのでこの種の飲み物もおいしくいただけました。
  レモン・グラニート(レモン味のシャベット)は暑さもあり、大いにいただきました。
  
  マクドナルドも各地で見られましたが、ケンタッキーやドーナッツはあまりありませんでした。


5;ミラノ・スカラ座
  今回の期待のひとつに、なんとかミラノ座でオペラが見れないかというところ
  でしたが、日程の関係で見ることはできませんでしたが劇場の見学はしました。
  しかし、もちろん、NYのメトロポリタンオペラ座でカルメン、パリのオペラ座で
  ラ・ボエーム、そしてスカラ座を期待しましたがだめでした。
  しかし、翌日、たまたま、再び、スカラ座の前を通ると、なにやら、オペラらしき
  ものをやるようでした。よくわからぬまま、切符があるか聞いたら、無料だという。
  何もやるかもわからず、チケットをもらい中に飛び込んだ。
  <<ソクラテス・イマジネーション>>というのをやるところでした。
  もらったチケットは正面3階のボックスシート。やや遠いがよく見えたが
  なんとも、イタリア語ではさっぱり、でも生の音楽や歌はそれなりに感動。
  かくしてスカラ座も征服でした???感じ。ボックスシートには英語とフランス語の
  小さな翻訳スクリーンがあったが英語のほうにはもう一人の外人がいて読めず、
  インターミッションで出てきてしまった。でもやったぜ!!!ベービー!!
  スカラ座制圧??だ。

6;ビジネスクラス
  今回の発見の一つに、ビジネスクラスに2通りあることでした。
  これまでのビジネスクラスでは、かつてのファーストクラスのような、背もたれが
  完全に近いフラットに倒せるものであったが今回は、それほどには背もたれが
  倒れない椅子であった。はじめから、ビジネスクラスとしては少し安い感じがしていた。
  案の定であった。ひとつの知識ではある。


7;青の洞窟ー日本人ばかり
  この”青の洞窟”という言葉を聴かれたことがありますか?
  たまたま、名古屋時代、歯医者の女の子が結婚して、ここへ行くという話しを
  聞いていたので、私は知っていた。今回の私たちの目標はフィレンツエの
  ヴァーザリー回廊に主眼がありましたがこの青の洞窟に行くのも含まれていた。
  なんと、洞窟の近くに行くと、日本人ばかりといってもいい状況。なぜなので
  しょうか??よくわかりません・・・・。
  もっとも、その際に泊まったカプリ島はなるほどというところでした。なかなか
  行く機会はないと思いますが、、、、、、一見の価値はあります。風光明媚です。

  
8;高齢化
  いやいや、思っても見ませんでしたが、私が最長老なんですよ。
  そういう年になったのですね。自覚せねばと思いました。(涙)

9;ミヤンマ?
   町を歩いているとつきまとう連中がいる。
   ミラノでそばによってきた男が、JAPANESE?と聞いたのでNoと首を振った。
   続けてKorean?--No、Chinese?---No, Malaysian?---No ときて
   Miyanma(スペルがちがうかな?)ときたので首をたてにフッたら、いやな顔を
   して逃げていってしまった。    

10;教会の音楽会
   フィレンツェでもなにか音楽系の出し物は無いかさがしました。
   案内ではよくわかりませんでしたが、教会でピアノ、歌のパーフォーマンス
   があるのを発見、さっそく予約して夜9時からでかけました。
   2時間ほど、ピアノや歌があり、いずれもなじみ深い曲で楽しみました。
   乾杯の歌、アベマリア、帰れソレントへ、ツーランドットなでした。
   直前に大雨があり、教会の中は50人ほどで静かな中で、しっとりとした
   音楽を楽しみました。

   コンシェルジェでこれらのショウを探していたら、、ヨーコ・ヤジウマという人の
   無料演奏会があるという。日本人ではないかとも言う。 てっきりお笑いが日本から
   来てるのかと思いましたがどうもYAGINUMA(八木沼)さんの間違いのようだった。
   ここでも言葉は難しいという経験をしました。
   GI=ギを彼らはジと発音するようだ。
   
13;OPPAI
   いやいや、大きいこと、すさまじい!!日本では女性が谷間を作るのに
   寄せて、持ち上げて・・なんていうことを聞いたことがあるが、この国の
   女性は、もともとおおきので、ヨイショと持ち上げると、自動的に、谷間が
   できるんだろうということがわかりました(間違ってるかも)。それにしても
   大きいですね!!年をとると大変だよね。

14;日本語の案内
   7つほどのホテルに泊まりましたが、ひとつも日本語の案内が無かったのは
   これだけの日本人観光客がくるのに、不思議に思えました。
   
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イタリアエレガンス;10・2~10日間
日本旅行;ビジネスクラス;820000+アルファ

03-5762-0321;長谷川さん9;30~18;00

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ローマ
====
バチカン市国
  サンピエトロ大聖堂
  ヴァチカン博物館

ローマ
スペイン広場
ロレビの泉
パンテオン
コロッセオーーパラテイーノ丘
フォロ・ロマーノ
カピトリーニ美術館
サンタ・マリア・イン・コスメデイン教会

永遠の都


フィレンツェ
=======

ドゥオーモ+大聖堂広場
ウッフィッツ美術館
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
ヴェッキオ橋
メディチ家礼拝堂==大回廊
中央市場


ミラノーオペラ
=======
中央駅
モンテナポレオーネ通
ドゥオーモ
サンタ・マリア・テッレ・グラツィエ教会ー最後の晩餐


ヴェネチア
======
サンタルチア駅
サンマルコ広場
ゴンドラ・クルーズ
路地裏散策
橋いろいろ


カプリ/ポンペイ/ナポリ

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... 元来メディチ家が行政と司法を行う事務局として建てたもので、
後にビッティ宮殿からベッキオ橋の2階を通って、ウッフィッツィまでを
つなぐ大回廊(ヴァザーリの回廊)を築いて有名なものだという。

http://d.hatena.ne.jp/bessj/20061114

2日;13;00発

2日;ローマ泊
  ローマ見学

3日;ローマ泊
  ポンペイーーナポリーー

4日;カプリ島泊
  カプリ島観光ーー青の洞窟
  >>>フィレンッエ

5日;フィレンッエ泊
  フレンッエ観光ーーフリータイム

6日;フィレンッエ泊
  ピザ観光

7日;ベニス泊
  ベニス観光ーーゴンドラ

8日;ミラノ泊
  ミラノ観光

9日;ミラノ泊
  一日フリータイム

夜;17;00ミラノ発ー機内泊
10;成田着

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ミラノの概要・歴史

人口140万人のローマに次ぐイタリア第2の都市。ロンバルディア州の州都。
都市の面積は小さく、ドゥオーモを中心に半径8キロの範囲で、そこに企業数
10万を越す、経営、商業、金融の活動が集中している。


BC4世紀 ケルト人が町を開く
BC1世紀 BC222年、ローマ人に征服され、メディオラーヌム(「平野の真ん中」
という意味のケルト語をラテン語に直したもの)という旧名で呼ばれる

3世紀 3世紀末、ディオクレティアヌス帝の4分統治策により、ローマ帝国が
東西に分けられ、ミラノが西の正帝の本拠地となる

4世紀 313年コンスタンチヌス帝によりキリスト教を公認する「ミラノの勅令」
が公布される374年聖アンブロシウス(ミラノの守護聖人)が人民によって
ミラノ司教に選ばれた

5世紀 402年ホノリウス帝により首都はラヴェンナに移される

6世紀 569年ランゴバルト族が荒廃したミラノに入ってくる

11世紀 11世紀中頃コムーネ(自治都市)が成立

12世紀 1162年神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ1世により城壁を取り壊される。

1176年レニャーノでの戦いにより、皇帝軍を破る

13世紀 1260年頃豪族トリアーニ家が全権を握り、1277年にヴィスコンティ家に
倒されるまでその支配下に置かれた

14世紀 1277年~1447年までヴィスコンティ家のもと町は繁栄し、近隣の
コムーネをその支配下に置き領域を拡張した
15世紀 1447年ヴィスコンティ家が絶えると共和制が復活するが、
3年しか続かなかった。ヴィスコンティ家の娘婿であった、フランチェスコ・
スフォルツァが権力を握る

15世紀末、スフォルツァ家のルドヴィコ・イル・モーロ(色が黒かったのでイル・
モーロとあだ名で呼ばれた。モーロとは北アフリカのイスラム教徒のこと) は
武力でミラノ公国の支配を勝ち取った。彼のもと商工業が発達し、手工業やアル
プス以北の都市との交易、潅漑が整備されたロンバルディア地方の農業が盛んと
なり、ヨーロッパ有数の豊かな地域となる。ブラマンテやレオナルド・ダ・ヴィ
ンチが招かれミラノに作品を残したのもこの頃である

16世紀 フランスのルイ12世がヴィスコンティ家出身の祖母を持つことで
公位継承権を要求し攻めてくる。ミラノは占領と返還を何度か繰り返し、
1535年から170年に及ぶスペインの統治下に置かれる

18世紀 スペインの王位継承戦争が始まり1706年からナポレオンの時代を
のぞき、オーストリアの支配下に置かれる。女帝マリア・テレジアの支配の下、
イタリア人官吏たちにより啓蒙専制主義による改革が押し進められた

1797年ナポレオンによるチザルピーナ共和国の首都となる

19世紀 1805年~1814年にはナポレオンによるイタリア王国の首都となる。
ナポレオン失脚後、1814年のウィーン会議により、ヴェネツィア・ロンバル
ディアはオーストリアの領土となる。これにより1866年までミラノはオー
ストリア帝国の支配下に置かれた

1861年イタリア王国建国(首都トリノ)、ミラノは1866年に統合される

20世紀 第二次世界大戦以降、都市は周辺の町を吸収し発展した
1948年イタリア共和国誕生 @
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スカラ座

ミラノがオーストリアの支配下にあった頃、ミラノ公フェルディナンドにより
着工され、1778年に完成した劇場。ウ゜ェルディの「オテッロ」をはじめ、
ロッシーニ、プッチーニなどの作品も初演されてきた世界的なオペラの殿堂です。
ビットリオ・エマヌエレⅡアーケード

1865年から1877年にかけて造られたこのアーケードには、歴史あるレスト
ランやブティック、おしゃれなカフェ、書店など様々な店が並び、ショッピ
ングや食事など、ミラネーゼになったつもりで歩けるアーケード街です。


ドゥオモ

ミラノのシンボルでもあり、最大の観光ポイントでもあるドゥオモ。ヴィスコンティ
の命でつくられた奥行き157m,最大幅92mを誇るゴシック様式の建造物で、バチカン
のサンピエトロ大聖堂に次ぐ規模。
スフォルツェスコ城

ミケランジェロ最後の作品「ロンダニーニのピエタ」をご覧いただけます

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